「スギノ、ブログを書く」の巻

「本と野球と時々スギノ」 【注意】恐らく、日記的なものです。

万事連結

 

はてなブログへようこそ!

日々の生活、喜びと悲しみ、特別な出会い、ちょっとした考えや思いつきをブログに書き残してください。しばらく続けて読み返したときに、また新しい発見があります。

さあ、最初の記事を書いてみましょう。

 

 

 ということで、読み返したときに、新しい発見をした話を一つ。

 

先日、高校時代の部活ノートを読み返した。

自宅の本棚の一角に、ほこりをかぶってたたずむノートを手に取ったのは

ほんのきまぐれであったが、

今は、ノート達が「そろそろ手に取ってごらん」と呼んでいた気がしてならない。

 

ノートには

その日の練習内容、技術指導の内容、今日感じたことなど、

自分の思っていたことが自由に書かれていた。

そしてノートの最後には、必ず毎日同じ言葉と、一言が書かれていた。

 

高校卒業から年月が経ち、僕は変わったと思っていた。

迷いある日は「変わってしまった」と思い、充実した日は「成長しているのかな」

と思う。

「当時の自分とは、同じ一人の人間なんだけれど、今は違う人間なんだ」

そう考えて、最近生活をしてきたつもりだったが、

過去のノートには、所々、今の僕がいた。

考え方や文章表現の仕方、癖というのは今も昔も変わらないもので、

思わず「俺じゃん!」と口に出してしまった。

 

「うわ、ミスで代えられた日だ」「この日、コツつかんだんだよなー」

「そういえば試合中、あいつと言い合いしたな」

記されている言葉がきっかけとなって、様々な記憶が蘇る。

今の自分から見れば、考え方が甘いと思うことも、何を偉そうに言っているんだと思うことも書いてあるので、ノートを読み進めることはなんだかこっぱずかしかった。

身体から変な汗が出る中、その恥ずかしさに打ち勝って読み進めていくうちに、ある言葉を見つけた。

 

「万事連結」

 

この言葉は辞書に存在しない。恥ずかしながら、僕が勝手に作り出した造語だ。

「万事」はすべてのこと

「連結」は一続きになるようにつなぎ合わせること

二つ合わせて、「すべてのことはつながっている」ということだ。

いつ作り出したか忘れていたが、まさか高校生の頃だったとは。

なんとおこがましい。

 

けれど、僕は本当にこの世は「万事連結」だと思う。

僕は「野球」と「物語」が好きだ。映画も見るし、本も読む。ドラマも見るし、アニメだって見る。人の話を聞くのも好きだ。恐らく、妄想癖もある。

 

今、僕は指導する側として野球に携わっている。

自分が指導をするときのたとえ話の中で、「飛べねえ豚か、飛ばねえ豚か。打てねえ奴か、打たねえ奴か」というものがある。

 

「飛ばねえ豚はただの豚だ」

これはスタジオジブリ作品『紅の豚』で有名な台詞だ。耳にしたことがある人も多いだろう。

だが、実際に作中で登場する台詞は「飛ばねえ豚はただの豚だ」である。たった一文字の違いだが、その一文字の違いで印象は大きく異なる。

「飛べねえ」だったら飛ぶことができないという意になるし、「飛ばねえ」だったら飛ぶことはできるけどあえてそれをしないという意になる。これと同じように、打てないのと打たないのとには大きな差があるんだよ

と話をするのだ。 こう説明をすると、ほとんどの人が納得してくれる。

 

僕がこの説明を生み出せたのは、『紅の豚』を見ていたからだし、

「あ、これ使えるんじゃね?」と

「野球」と「物語」をくっつけただけだ。

これが僕の言う「万事連結」(言葉の特許ってあるんですかね笑)なのである。

 

そして僕は、ノートを元の位置に戻し、眠りについた。

 

以上で新しい発見をした話というか、発見の再発見という話を終わりにします。 

こうして記念すべき第一回を迎えたわけですけれども、

読んでいただいた方、最後までお付き合いありがとうございました。

そして、サンキュー当時の私!

お前のおかげで、ブログなんか書けちゃったよ!俺頑張るからねっ!!

 

と、こういった感じで、記す内容も、文体も特に決まりなく、書きたいことをだらだらと気負いなく記していきます。不快にさせてしまったらごめんなさい。

自分が書きたいことを書いて、それを楽しんで頂けたらそんな嬉しいことはないというスタンスで続けていきたいと思います。

以上、スギノでした。

これからよろしくお願いします!

 

 

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アナロジー思考

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野球ノートに書いた甲子園

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